広島高等裁判所 昭和37年(ラ)33号 決定 1963年6月19日
抗告人 真田良敏
訴訟代理人 椢原隆一
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨は、「原審判を取消す、手続費用は相手方の負担とする」との裁判を求めるもので、その抗告理由は、「相手方は内縁解消による財産分与を請求するものであるが、内縁関係においては財産分与の請求権は認められないから、これを認容した原審判は違法である。仮りにそうでないとしても、相手方主張の不動産は、抗告人の母真田ミドリコの援助協力があつてはじめて取得することができたものであり、また抗告人が発病入院するに至つたのは相手方が我侭で右ミドリコとの折合を悪くしたためであるが、原審判はこれ等事情につき十分な考慮を払つていないから不当である。よつて、その取消を求めるため抗告に及んだ。」というにある。
相手方の主張の要旨は原審判理由記載のとおりであるから、これを引用する。
右主張事実に基いて、相手方が原裁判所に財産分与の家事調停の申立をなし、右調停が不成立に終つたため、家事審判法第二六条第一項の規定により審判の申立があつたものとみなされ、原審の審判手続がなされたものであることは記録上明白である。
ところで、原審の右措置は、内縁解消による財産分与の申立が同法第九条第一項乙類第五号に該当するとすれば適法であるが、しからざる限り不適法というべきところ、右は結局内縁関係においても法律上の婚姻について認められる民法の財産分与に関する諸規定が準用せられるかどうかによつて決せられるべきものと解するから、右準用の当否について当審の見解を明らかにする。
およそ、内縁が実質的には法律上の婚姻と同一の夫婦共同生活関係を意味するものであり、ただ単に届出を欠くに過ぎないというものであるとすれば、戸籍法所定の届出を婚姻の成立要件とした民法の理念に反しないかぎりこれに対し婚姻と同一の法律的取扱いをすることは、あながち不当とはいえない。現行民法が制度として法律婚主義を採用している以上、事実婚である内縁に法律婚である婚姻について認められるすべての法律効果を与えることのできないことは、当然というべきで、例えば、氏の変更、出生子の嫡出子たること、姻族関係の発生等の婚姻の効果は内縁については認めるべきではないけだし、これらは戸籍法による婚姻の届出を前提とするものであり、かつ夫婦以外の第三者の身分関係にも影響を及ぼすものであるから、法律上の婚姻についてのみこれを認むべきことは、法律婚主義による現行制度の基本的要請のひとつといえるからである。これに反し、夫婦間の同居、協力、扶助の義務、婚姻費用の負担、日常家事債務の連帯責任、帰属不明財産の共有推定等の婚姻の効果は、いずれも内縁についてもこれを認めてしかるべきである(婚姻費用の負担につき最高裁判所昭和三二年(オ)第二一号、同三三年四月一一日第二小法廷判決参照)。けだし、これらは夫婦間の共同生活関係自体を規整するものであつて、これによつて第三者に不利益を与える虞れもないから、戸籍簿上公示された婚姻に限つてこれを認めるべき絶対の必要なく、一方内縁も事実上の夫婦共同生活関係である以上、これらの法律効果を認めてその妥当な規整をはかる必要のあることは法律上の婚姻と同様であるからである。
そこで、財産分与請求権について考えるに、財産分与の本質は第一義的には離婚の際における夫婦共同生活中の財産関係の清算であり、第二義的には離婚後の扶養及び有責配偶者から無責配偶者に対する離婚に伴う損害の賠償であると解されるが、そうだとすれば、財産分与は、婚姻の解消を契機としてなされるものではあつても、現に存した夫婦共同生活関係を最終的に規整するものともいうべく、かつこれによつて直接第三者の権利に影響を及ぼすものではないから、内縁についても、これを認めるのが相当であるこの点に関し、内縁配偶者の相続権の有無が、権衡上一応考慮されるが、右相続権の有無は当然他の相続人の権利に影響を及ぼす関係上、その地位の公示が望まれる点において財産分与請求権とは異る面を有するから、内縁配偶者の相続権が否定せらるべきであるとしても、同様にその財産分与請求権が否定せられるべきであるとの論拠にはならない。そして、右の解釈は、死別における内縁配偶者は、相手配偶者からの生前贈与、遺贈等により、或いは相手配偶者の相続人からの法律上または事実上の扶助によりその地位を保護されることを予想し得るに反し、不和による内縁解消における配偶者は右の如き保護を通常期待できない点からみて、内縁配偶者にとつては相続権以上に財産分与請求権を必要とする事情が切実であるという実際問題にもこたえるものであると考える。
以上述べた如く、内縁においても配偶者は法律上の婚姻におけると同様財産分与請求権を有するのであるから、本件について適法な審判の申立があるものとした原審の前記措置には何等違法はなく、この点に関する抗告人の主張は採用できない。
次に、相手方の具体的な財産分与請求権の有無、程度について判断する。抗告人と相手方が慣行上の結婚式を挙げ、約二年半にわたり事実上の夫婦共同生活関係を結んだ内縁の夫婦であつたこと、右内縁関係が解消するに至つた原因及び経過、右内縁関係中に当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他本件財産分与に関する一切の事情については、当裁判所の事実認定も原審と同様であるから、原審判理由中の該当部分を引用する(ただし、当審における当事者双方審尋の結果によると、原審判後の事情として抗人告はその後退院し、現在は軽作業に就きうる程度に病気が治癒していること並びに相手方の事務員としての月収は現在八、〇〇〇円であることが認められる旨付加する)。そして、右認定の事実関係においては、当裁判所もまた、原審同様、抗告人は相手方に対し内縁解消に伴う財産分与としては金四五〇、〇〇〇円を支払うのを相当とするものである。抗告人主張の事情の中、前記認定に合致しないものについてはその事実を認めることができない。
よつて、原審判は正当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担とすることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 胡田勲 裁判官 長谷川茂治)